カテゴリー : 政治経済
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Dec 03, 2006
erは(・∀・)イイ!!ドラマだ…
ただいま島根県出雲湯村温泉の国民宿舎清嵐荘にて酒盛りしながらNHKでer観てます。
いつも観るわけではなくたいていこうして温泉宿で観るだけですが…やっぱりこういう硬派なドラマって和製ではなかなかありませんよね。
最近のウヨ厨とか嫌韓厨とかの、マトモな右派との最大の違いは「現システムの批判をしない」ということ、つまり「何らかのあるべきorよりましな社会観」なしにただ即自的に叩きやすい部分を叩いてるだけ、と私は考えてますが、やっぱりそういうのがはびこるココでは、こういう「どんな立場からも考えるネタ満載」みたいなのは流行らないってこってすかね…
Aug 10, 2006
黒田寛一死亡
今日は脳の状態があまりに悪く仕事を休んだのですが、そのおかげで夜になったら小康状態になったのでこんなことを書く余裕も。
クロカンは私の亡父と旧制高校で同級生だったようですが、結核で留年しまくってるだけで学校にはほとんど出席していなかったそうです。
とそれだけで特に感想もないのですが、契機にぐぐったら面白いページ発見。
同世代の理系の学生で似た契機でシンサヨクな世界にかかわった人間として、その頃の空気だけでなく、こういう問題意識の流れ方ももう痛いほどよくわかります。あのころはそういう空気が理系にもまだありましたよね。。。
そんなこと考えても今の私の脳には何のよい影響もなさそうですが、こうして日々文章をつづれるだけでも幸せだと思わねばなりません。
Mar 07, 2006
のだっちvs河上イチロー
今、私の脳内で最もホットな対峙(対決というより対峙)は、これなのです。
のだっちとは、例の有名作家公安庁スパイ問題に絡んで音信があり、プラスワンのイベントで壇上ごいっしょさせていただいたことがある他(「女史」扱いしていただけて多謝m(__)m)、たまたま雑多な人間が集った酒席で同席して、私がそこにノコノコやってきてた◇◎活動家を前にしつつしょーもない戯言を言ったことにまじで怒ってらしたことにはちと反省もしているのですが(^^;;)、とにかくインパクトあったのは、ご本人が絡む裁判でよく傍聴に来られるご母堂の法廷内不規則発言自分も本で書かせていただいた「宮崎学追及の現場」での挙動だったりしました。
なんかプラスワンの客席後方中央に、私、市民運動家のTさん、のだっちの並びで陣取ったんですけどね、もうさ、Tさん(は私と同級生)とのだっちが、まるで(こちら側の)本題とは関係ない壇上の発言も全部メモ取って、それに基づいて寸分のたがいもない論理で議論を展開していく様を見て、「あぁ、どこをどう努力してどうがんばってもどうにも勝負にならずに勝てない人ってたくさんいるんだな」と心底思ったです。一応同世代で同じ大学なんですけど、あたしゃなんか雲の上の人を観てるようだったです。ホントまじめなみなさまには申し訳ないですけど、そのイベントでの最大の個人的衝撃はそれだったです。正直、壇上の綿々とは十分勝負できると思いましたけどもね。爆
で、そのときの、まぁ明示して書くのはまずいんですけど、さまざまなやりとりの中で、「あれ?」と、のだっちに思ったことがあったんですよね。
それは、今日のこの投稿のタイトルのもう1人、なのです。
Mar 01, 2006
最近なぜこのカテゴリ名のような言説を持たないのか?
このカテゴリ、作ったはいいけどまるで使ってませんね。笑
もちろんあーんな経歴やこーんな属性を持つ私ですから、社会的な問題について3猿になってしまうのはヒト的に不可能です。現に、「ジェンダー」カテゴリや、温泉blogや旅blogでのコメントの中には、極めて政治的なレトリックがたまに出てくるわけです。
それでもなお、こちらでそういう投稿をしない理由は、これだけ大勢の人が政治や社会に関する自説をアピールできる時代に、それらを上回るアピールを行えるスキルも中身もない、ということに尽きます。

と、ただいま青森県の温泉宿に居ますが、お約束の「温泉宿でのテレビ視聴」でただいま「クローズアップ現代」。
FC横浜ですよ。もう。
私はわずか1年ちょい前までは、「仕事しないで仕事してるふりしてお金がもらえるなんて最高の人生じゃないか」って、まぁその直近でもうアッパレと感心するしかないほどそれを貫いている派遣の方を間近で見て、素直にうらやましがってました。笑
でも、まぁ詳細は書かないのですが、私もすっかり普通の人だったんだな、というのがこの間の痛切な思いです。
よく考えると、学生時代から地下アイドル劇団辞めるまでの私は、ずっと、何か仕事以外の楽しみ&やりがいがあったのですよね。
そしてそれがあるから、仕事の楽しさもつまらなさもつらさもくだらなさも、それは自分にとって核心的でないものとして後景化できていたのでしょうね。
そういうのをすべて自らも外在的にも失ったところで、さらに仕事で金縛りに遭うと、人間、正直、生きてる価値がないとしか思えなくなるものなのだ、というのを、私はこの半年で学べたのででした。
というわけで、どこがFC横浜と関係するのかまったくわからなげですが、わかっていただける方にはわかっていただけるのかなと。
そして、昔の左派が一般の中にリアリティを持ててた時代ともそれは通じるところがあるのではないか、とかも思ってみたりしつつ。